君が何を食べているか言ってみたまえ。君が何者か言い当ててみせよう。
引用元:美味礼讃
サヴァランの有名な言葉です。
著者のブリア=サヴァランは激動のフランス革命、ナポレオン戦争時代を生きぬきました。激しい時代においしい料理に舌鼓をうち、命を狙われアメリカに亡命したりと波乱万丈な生活をおくりました。
そのサヴァランが、晩年に書いたのが『 美味礼讃 』です。豊富な食への経験、高い教養、鋭い観察眼からつむぎだされる文章は、ピシャリと断言する強く簡潔な文章です。
とても読みやすい文章になっているのは、玉村豊男さんの翻訳の力も大きいでしょう。フランス関連の本、料理関連の本をおおく書かれている作家さんでもあります。
玉村さんの翻訳版は本文を翻訳しただけでなく、サヴァランが生きた時代の暮らしや食生活、歴史を教えてくれます。美味礼讃を読んだだけでは分からない知識をおぎなってくれます。
新しい料理の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである。
引用元:美味礼讃
人類の幸福を見つけるために、『 美味礼讃 』の書評を書いていきます。
美味礼讃 玉村豊男翻訳版は読みやすく分かりやすい
すこし触れましたが、玉村豊男翻訳版の『 美味礼讃 』は読みやすくシンプルな文章です。むずかしい言葉や単語も少ないです。
サヴァランの食べた料理、食に対する経験した知識を、テキパキとした断言口調で書きすすめられています。
ただ、ときたまトンデモ理論がとび出すときがあります。「魚喰い人間は、子だくさんだ」
そんなことないだろうと思いましたが、魚を食べなくなった日本の人口が減少していること考えるとトンデモ理論ではないのかもしれません。
最高の翻訳者 玉村豊男
『 美味礼讃 』の、はじめに玉村豊男さんはこう書かれていました。
『 美味礼讃 』にひとりでも興味をもってもらえる、水先案内人になりたい、と。
「これって、どういうこと?」となったときに、玉村豊男さんが適切に知識をフォローをしてくれました。
フォローのおかげで途中脱落することなく『 美味礼讃 』を読み切ることができただけでなく、サヴァランが生きた時代の知識をおおく知ることができました。
たとえば、今われわれがフランスのフルコースといえば、一皿一皿でてくるスタイルではないでしょうか?
サヴァランの時代はちがいました。何種類もの前菜料理をドンと机いっぱいに並べ、コースの参加者が食べたい料理をとります。しばらくたってから、一度ぜんぶの皿をさげ、つぎは肉料理や魚料理をドンと並べる。これを4~5回くり返すのがサヴァラン時代のフランスのフルコースです。
現在のフランスのフルコースのイメージのまま読みすすめると、頭のなかがクエスチョンマークで一杯になるところでした。
サヴァランが伝えたかったこと
食べることは生きることである。よく生きるためには、よく食べなければならない。よりよく食べることは、生きることを肯定し、人間であることの喜びを謳歌することだ。
引用元:美味礼讃
よく食べるということは、際限なく大食いファイターのようにバクバクたべ、ぶくぶくと太ることでは決してない。健康的に食べることが大事だとサヴァランは教えてくれます。
休息や睡眠、さらにはダイエットについても書かれています。健康的によく食べることが大事なのです。
また食を通じて、人と社交し、人を愛し、子孫を残すことも大事と書いてありますが、サヴァランは独身のまま生涯をおえました。
美味学
サヴァランが『 美味礼讃 』をとおして伝えたいことは、社交的に食事を楽しみ、健康的に食事を楽しみましょう、ということです。
食にかんする知識をまとめたものを美味学と名付けました。『 美味礼讃 』を読めば、美味学を学べ豊かな食生活を送れるようになるとサヴァランは主張します。
美味学とは、食材を研究、分類、分析することで科学的に調べる。またその食材をどう料理すればおいしくなるかを考えることで料理術が向上する。店で提供するときは、その食材をいかに安く仕入れるかを考えることで商業が発達する。
人間が営む生活、ありとあらゆる場面に美味学は影響している、とサヴァランは言います。
美味学の女神
ガステレアは、味覚のよろこびを司る十◯番目のミューズ(女神)である。
引用元:美味礼讃
美味学をひろめたいサヴァランは、十◯番目のミューズについても書きます。本来のミューズは九人です。そこに、シレッと美味学の女神をサヴァランはくわえました。
そして次の文章では美味学の神殿を眼で見てきたように、詳細に文章に書いていきます。ほんとうに美味学の神殿はあるのかもしれないと信じこまされる文章です。
訳者さんはドコかにもしかしたら、美味学の神殿はあるのかもしれないと推測しています。
随園食単との違い
東の『 随園食単 』、西の『 美味礼讃 』。食エッセイの2大古典と言われています。
『 随園食単 』は、レシピを書いているだけで、政治や金のことまでは書かれていません。『 随園食単 』の、一部は失われたと言われています。失われた箇所に政治や金のことを書かれていたかもしれませんが。
『 美味礼讃 』はレシピも書いていますが、食に対する考え方、健康に生きるためには、食があたえる政治や金への影響などなど、書いていることは多岐にわたります。
美食のおかげでたちなおったフランス
ナポレオン戦争に負けたフランスは、多額の賠償金を背負わされます。
負けたフランス各地で、フランスで収穫される肉や野菜、果物、ワインを戦勝国の兵士が徴発していき、フランス人は悲嘆にくれました。
しかし翌年から、徴発した食材を食べた戦勝国の人たちがこぞって、フランスのおいしい食材を、高いお金を払って買うようになりました。多額の賠償金は、美味学で研究されたおいしい食材のおかげで返せたとサヴァランは書いています。真偽はわかりませんがね。
ということまで『 美味礼讃 』には書かれています。
ダイエット
『 美味礼讃 』は、食べることだけでなく、ダイエットについても書かれています。
健康に生きて、食べるためには、やはりブクブク太ってはいけないと、下腹がでてきたサヴァランも考えたようです。
ダイエットにとりくんだ経験を書いているのですが、現在でも通用するダイエット知識です。
白いパンより、黒いパンを食べろ、炭水化物は減らせ、野菜をまず食べろ。現在でもよく言われることですね、ダイエットの基本は変わっていないようです。
目新しいダイエットの情報としては、肥満防止ベルト。お腹をしめつけ、腹の皮が膨らむのは抑える効果があると書かれています。コルセットのようなものだったのでしょうか。
キナ皮を白ワインに混ぜて飲むと、ダイエットによいと書かれていました。キナ皮から抽出したエキスがキニーネとよばれ、トニックウォーターに使われています。現在キニーネがはいっているトニックウォーターは少なくなっています。
キニーネエキスが、ダイエットに効くかどうかは、わかりませんでした。元々は病気対策に造られたトニックウォーターです、なにかしらの健康的な効果はありそうです。
サヴァランの悲しい過去
子孫を残すことが、美味学の基本だと書いているサヴァランですが、サヴァラン自身は生涯独身でした。
サヴァランには、大学時代に好きだった女性がいました。その女性はいじめにあい、無茶なダイエット、間違ったダイエット方法をし、拒食症になり、亡くなります。サヴァランがはじめて人の死を見た瞬間だと書いています。
好きな女性を目のまえで失った衝撃で、サヴァランは生涯独身だったのではと考えました。死を嘆く文章は、『 美味礼讃 』のなかでも、深い悲しみに包まれている文章です。
ダイエットのせいで、人がなくならないために、サヴァランは『 美味礼讃 』のなかで、ダイエットについて多数のページをさいたように思われます。
サヴァランはどのような料理を食べていたのか
食べ物
『美食礼讃』によくでてくる料理では、七面鳥やジビエ、トリュフなどがおおいです。
サヴァランの時代、七面鳥はアメリカ大陸から輸入されていたようです。その七面鳥の腹のなかにトリュフをぱんぱんに詰めこんだ料理などが紹介されています。いまその料理を作ろうとすれば、いくらぐらいかかるのか見当もつきませんね。
その他にも、『 美味礼讃 』では多数の食材と調味料について言及しています。驚いたのが日本人におなじみの醤油についても書かれていました。
刺身などの食べ方を、サヴァランが知ったら、どのように書いたのか興味がわきます。
飲み物
飲み物で話題になるのは、ワインや蒸留酒、コーヒー、ショコラなどがよく『美食礼讃』には登場します。
特筆すべきは、私たちが強いアルコール飲料を求めるのは一種の本能であって、それだけにきわめて一般的な要求であると同時に、意思では抑え切れないものでもある、ということだ。
引用元:美味礼讃
夜な夜な人間が、強いアルコール飲料を求めるのは本能だったのか。
コーヒーやショコラなどもサヴァランの時代にフランスにはありました。凝り性のサヴァランはコーヒーのいれかた、ショコラの作り方に多数のページをさいています。
コーヒーに竜涎香をいれるとよい、と書かれていました。竜涎香とは、マッコウクジラの腸内にできる結石ですね。現在はマッコウクジラを捕鯨しないので、竜涎香の価値はうなぎのぼりです。
どのようなコーヒーの香りだったのかは、いまでは幻の香りとあいなりました。
おもてなしの心が大事
サヴァランは、食事には高価な料理やお酒を用意する必要はないと書いています。
そこそこおいしい食事と、よいワインと、愉快な仲間と、たっぷりの時間と。この四つの条件さえそろえば、いつでも私たちは食卓の快楽を十分に味わうことができるのである。
引用元:美味礼讃
そこそこおいしい食事は用意できます。よいワインとはどれぐらいの価格を言うのでしょうか。チリ産やカルフォルニア産であれば助かりますが、フランスのお高いワインはとてもとても手がでません。
いまの日本でつぎの二つの条件が一番きびしいのではないでしょうか。愉快な仲間と、たっぷりの時間。
『 美味礼讃 』を読み、食卓の準備をし、たまには食卓の快楽を味わいたいものです。
フォンヂュ
『 美味礼讃 』で紹介されているサヴァラン先生の料理を紹介してみようと思います。
フォンヂュ。おそらくチーズフォンヂュの原型のようなものでしょう。作り方はかんたん。
卵2個、バターを10g、お好みのチーズを卵の重量の三分の一用意する。
フライパンにバターをいれ、弱火でとかす。卵はといてから、フライパンに流しこむ。チーズをすりおろしていれる。弱火でお好みの硬さになるまでかき混ぜる。
黒胡椒はたっぷりとかける。できればゴリゴリと削るやつを使いましょう。
『 美味礼讃 』でも書かれているが、チーズいりスクランブルエッグです。スクランブルエッグにチーズをたすことで、濃厚な風味、ほどよい塩分、黒胡椒のピリピリした刺激。
フランスパンにフォークですくってのせて食べると、白ワインとの相性ばっちりです。
スプーンではなくフォークですくうのが正解と書かれています。フォークでもスプーンでも、どっちでもええやん、と日本人の私は思いました。
発明家でもあったサヴァラン
『 美味礼讃 』では、サヴァランが発明したと思われる機械も登場します。さらに自分で調理もするサヴァランは、蒸し料理をよく作っていたようです。
訳者さんが指摘していましたが、フランス料理には蒸し料理は普及しなかったそうです。
『 美味礼讃 』を、どこかのシェフが読み、蒸し料理を試していれば、フランス料理にも蒸し料理がひろがっていたかもしれませんね。
第六感
人間の五感は、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚です。
そこにサヴァランは、生殖感覚をくわえ六感にしようと唱えます。しかも、それが『 美味礼讃 』の第一章に書かれているのです。
生殖感覚は、五感と密接に結びつき、五感に侵入しただけではなく、学問や化学の世界にも影響を及ぼしていると主張します。
エロがあったおかげで、インターネットが発達した理論のようなものでしょうか。食に関する文章より先に、セックスに関する文章が書かれています。さすがアムールの国、おフランス出身のサヴァランといったところでしょうか。
おもしろい説をサヴァランは唱えています。まずはデートをして腹いっぱい食べる、その後ベッドで寝る。起床後セックスをするとよいと書かれていました。
たしかに食べて寝て、それからセックスしたほうが体力もあり、集中し、気持ち良かった記憶がありますね。いちどお試しあれ。
美味礼讃を読んだ感想【 まとめ 】
おそらく、私たちの子孫は味わいを言葉にするもっと豊かな表現をもっているに違いないし、未来には化学の力によって味の原因や要素が分析され、その本質が明らかにされるであろうことは、まったく疑いの余地がないと思う。
引用元:美味礼讃
フランスで花咲いたソムリエがワインの味を表現する言葉は、豊かな味の表現と言えるのではないでしょうか。
しかし、日本では食を表現する文化はまだまだ弱いような気がします。開高健や吉田健一、谷崎潤一郎など文豪が食の表現に挑戦してきました。
現在のテレビを見ると、おいしい、お口のなかでトロける、やわらかい、などなど幼稚な味の表現言葉があふれているように思います。
いまこそ、『美食礼讃』を読み、紳士な態度で食事にむきあい、食べるということを考える。具体的に料理や食材をホメる、作るの大変だったんじゃない、と料理や食材の作り手に声をかける。
レストランでも、「おいしかったです、御馳走様」の一言を言う、それだけで人間はうれしくなり、優しくなり、トゲトゲしやすい世の中すこしは丸くなるではと思います。
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