好漢いまだ死なず 物語は続く 梁山泊が燃えたあとも。その名を『 新・水滸後伝 』と呼ぶ【 ネタバレあり 】

書評

なんや、この投げっぱなし、殺しっぱなしの物語の終わりは。

小学生のころの私は、打ち切りという言葉をしらなかった。

横山光輝の『 水滸伝 』を読んだ感想である。

物語が盛り上がったところで、かぐや姫のはいった竹をスパンとかぐや姫ごと真っ二つにたたき割るような全滅エンドのような終わりだった。

これはおかしいと思い、吉川英治の『水滸伝』を手にとり、読みふけった。お相撲をとるところで物語は終わっていた。吉川栄治の『水滸伝』も未完なのである。つくづく『水滸伝』と縁のない人生だった。

その後ぼ~っと生きていると、『水滸伝』の全滅エンドは、トゥルーであり真実の物語だと知った。

ウソダロ、横山光輝の終わり方は正解だったのかと、衝撃をうけた。

三国志を読んで関羽が死んで、劉備が死んだときぐらい衝撃をうけた。

どうせ全滅する鬱エンドであるならば、『水滸伝』を手にとり読む気にはならなかった。

天下統一目前で寺を燃やされたり、アニキに裏切られて寺を燃やされたり、シャモ鍋を食べようとしたら暗殺されたりする物語のように読む気にならなかった。

ここで、すこし『水滸伝』とは、どのような物語か説明しておこう。

『水滸伝』は、宋に仕えている武官が悪い役人にハメられ、母親とふたりで逃げだすところから物語ははじまる。

ははぁん、この武官が物語の主人公だなと思った。まったくちがう、孔明の罠にはめられたぐらいちがう。

新しい好漢に武芸を教えるだけ教えてドッカに武官は行ってしまう。その後いっさい『水滸伝』には登場しない。なんのためにこの武官は、でてきたのだろうと思わざるをえない物語の導入である。

『水滸伝』は、北宋の時代を舞台にくりひろげる、いまでいう群像劇といえる。大きな中国の大地に生きる小さい一人の人間だが大きい義侠心をもった好漢ひとりひとりを描き、そして、その大きい義侠心をもった好漢が梁山泊という難攻不落の山塞に集結する物語だ。

あつまる好漢は、正義漢、正直者、学者肌の貴人、高潔な武人、生粋の貴族など清潔な人間もいるが、暴れ者、生臭坊主、塩族、山賊などなど、ババァ気にいらねぇ、ボカッと殴るような、日本人から見るとちょっと思う人物も集まり、清濁併せ飲む混沌としたパワーをもつ集団を築きあげる。

北宋という時代の末期は、『水滸伝』に書かれているように、政府はズブズブに腐りはて、北方からは遊牧民族が疾風のごとく、火のごとく侵入してくるテンヤワンヤの殺伐とした時代だった。

潔白に熱血に真面目に暮らしている好漢たちは、政府の高官にハメられたり、責任をおしつけられたり、狡猾な罠にかけられたりし、アウトローとして生きるしかなくなる。

108人の好漢が梁山泊に集まり、朦朦と天を焦がせと気焔をあげ、猛獣を圧倒せし熱気をおびた咆哮をあげ、いよいよ、北宋の腐った政治を叩きなおすのかとワクワクしていたら、冒頭に語った結末とあいなりはてるのが、『水滸伝』のあらかたのストーリーだ。

『新・水滸後伝』は、『水滸伝』のあとを書いた『水滸後伝』をモトに書かれた小説だ。『水滸後伝』の作者は、『水滸伝』の作者とは違うと思うが、しっかりとしたことはわからなかった。おそらく今でいう同人作家だったのかなと推測する。

中国の読者も『水滸伝』の終わり方には、ちっとも納得できなかったのだろう。『水滸伝』を読み終わったあとに、お布団にはいり、寝るまでのあいだに、『水滸伝』の物語の幕がおり、生き残った好漢たちは、なにをしたのだろうか、また物語の序盤の武官はどうなったのだろうかと夢想したのでしょう、しましたよね。

その夢想をしっかりと書き上げた中国人がおり、田中芳樹さんが編集し書き上げた一冊が『新・水滸後伝』だ。

ほぼ全滅エンドだと思っていたが、あんがいシブトク梁山泊の残党は生き残っていた。その生き残りが活躍するのが、『新・水滸後伝』である。

物語は、水滸伝方式の群像劇で、好漢たちが、ポツポツと集まり、拠点をもとめ、さまよい、悪戦苦闘し、悪人をこらしめ、首を飛ばして成敗し、好漢たちの居場所を造りあげる物語。

ポンポンとテンポよく物語はすすむ。中国の古典小説は、文字数を極力けずり書かれている。『新・水滸後伝』はアウトロー小説のように文字を削り、ポキポキ硬質であり、それでいて好漢たちの立ち回りのように躍動した文章で書かれている。

『水滸伝』とおなじく、『新・水滸後伝』もツッコミどころは、108の星よりも多多ある。

あの広い中国の大地で、仲間たちが日にちをたがわず何度も邂逅し、ピンチのときに巡りあい、あわや死ぬといった場面に、偶然に奇跡的に何度も巡りあう。これは、きっと彼らの宿星の巡りあいのおかげなのだろうと納得するしかない。

物語のなかには、中国最大のヒーローの岳飛(がくひ)も登場し、すこし影のうすい韓世忠(かんせいちゅう)も登場し、そして、中国最大の悪役の秦檜(しんかい)も登場する。このあたりは、サラッとしか触れられていない。

岳飛や韓世忠に興味のあるかたは、田中芳樹著の『紅塵』もしくは『岳飛伝』にくわしく書かれている。

『岳飛伝』で思い出したことがある。『水滸伝』にも『岳飛伝』にも三国志の時代に活躍したヒゲが特徴の関羽の子孫が登場する。劉備も孔明も張飛の子孫もでてこないが、関羽の子孫はしっかりと登場する。そして、子孫も立派なヒゲをはやしている、おそるべし関羽のヒゲ遺伝子。中国では関羽はなぜか商売の神様になっている、関羽は中国でも人気があるのだろうか?

さて、物語は佳境をむかえる。拠点を造りあげた好漢に迫りくる不吉な黒い影、そして、北宋に迫りくる北方の遊牧民族の脅威にたちむかうのか、かつての梁山泊のリーダーや仲間を殺した北宋を見殺しにするのか。事態は風雲急を告げる。水滸伝後に生き残った好漢たちは、さてはて、どうなることやら。

水滸伝の結末に納得がいかない皆におくる『新・水滸後伝』

ネタバレ注意になる。

『新・水滸後伝』では、好漢は全滅はしない、安心して読んでもらいたい。好漢たちは、しっかりと生き残る。

北宋や南宋の物語は、悲劇でおわる。

遼がきて、金がきて、そして蒼き狼の子孫たちが、中国に侵入してくるのだから。好漢たちが、元に抵抗したのかどうかは書かれていない。

好漢たちは、元に抵抗したのか、討ち死にしたのか、『新・水滸後伝』は、ハッピーエンドで終わったのに、夕立がふりそうな真っ黒な雲がむくむくと沸きあがる。

いやいや、好漢たちは、ベトナムあたりまで逃げ、元に頑強に徹底的に執拗に抵抗したに違いない、だから、元はベトナムを征服できなかったのだと、お布団にはいり眠るまでのあいだに夢想するのである。

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